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TJAR2018 3日目

TJAR2018 3日目

1時間後、再び目覚めると足裏はまだ皴が埋まっていないがまあまあ乾いているにも見えたので出発することにした。
準備をしていると男澤選手が目を覚まし、準備を始めた。
江口選手はもう少し寝ていくようだった(基本的に5時間程度寝るつもりのようだ)。
男澤選手がとても険しい顔で他の選手の動向を探っている。
そこまで勝負にこだわりのない(特にTJARに関しては)自分にはとても新鮮に見えた。
なんとなく一緒に出発した。

男澤選手の方が歩くのが速く、歩きではついていけない。
だが登りでも走る余裕があったのでせっかくなのでペースを上げるためにもジョグを混ぜてついていくことにした。
その間も男澤選手はしきりに他の選手の動向をチェックしていた。
今までそういう選手と一緒になったことがなかったので、とても新鮮だ。
そうこうしているうちに境峠手前のそば屋(最終トイレかつ自販機)に到着。
ここで近内選手が仮眠していたが、我々がついて準備を始めるようだった。

さらに親交あるアールエルソックスの武田さんも応援に来てくれていた。
そこで、佐幸選手の様子も聞くことができた。
佐幸選手は調子が悪くて寝られなかったから寝ずに進んでいったという。
よくわからないがとにかく相変わらず強い選手だと思った。
この間に男澤選手は先に進んでいった。
武田さんとはひとしきり話をしてエールをもらい出発。

出発して峠の手前で京都の女子強豪選手ときちゃんが応援に来てくれた。
ときちゃんは太郎平の小屋にも応援に入ってくれていたが、深夜通過のため会うことができなかった。
TJARのロードパートの厳しさに驚いていた。
TJARのロードはただのつなぎと思っている人がほとんどだが、全てのロードが実はかなりきつい。
補給も長時間なく、実は山よりも補給ができない区間もあるほどなのだ。
そのかわり、応援に来てくれる人が多く、精神的には安心することも事実なのだが。
ひとしきり応援してもらい、境峠を越え下りに入る。
下りはやっぱり足裏の皮が緩んでしまっている感触があり、速度を上げずゆっくりと走った。
下りの途中で近内選手が軽快に走って抜いていった。

夜明け頃にスーパーまるとに到着。
まだまだ先は長いので、まるとの軒先でもう少し足裏の乾かすことにした。
乾かしながら少し仮眠している間に多くの方々が応援に来てくれた。
また、江口選手が寄らずに通過していった。

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スーパーまるとで盛大に応援してもらった。

適度に乾いたとことで出発。
次の目標は最初のコンビニであるセブンイレブンだ。
一軒目のセブンイレブンで盛大に補給し、先へ進む。
前回(2016年)はここで胃腸の調子が悪くあまり補給できなかったが今回は美味しく色々と食べることができた。

続く二軒目の中央アルプス手前の最終セブンイレブンにも寄り、山越えのための食料を調達。
出発する時、入れ変わりで片野選手が追いついてきた。

国道から旧木曽駒スキー場への約8kmは勾配がきつく、とても長い。
太陽も出てきて暑さでも消耗していくが、雨よりはずっといい。
スキー場の入り口の水場でいったんクーリングしリフレッシュして出発。

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水場で顔も頭も洗ってすっきり

すぐに片野選手に追いつかれた。
その後は片野選手としばらく一緒に進んだ。
幸ノ川の渡渉ポイントでもまだ暑く、全身アイシングしていざ中央アルプスへ。

全身アイシング


あまりペースが上げられなかったが、片野選手と話しながら坦々と進んだ。
彼は話の面白い変なヤツ(いい意味で)という印象だ。
7合目避難小屋あたりから雨がぱらつくようになってきたが、気のせいにして進んでいったが、徐々に雨が強くなっていき、最後の登りにさしかかるころには進行方向、つまり木曽駒方面で雷がなっていた。
雷がとても近いが、稜線直前も含めて木曽駒の最後の登りは隠れる場所がほとんどない。
意を決して稜線にあがったが、雨も雷もやまず、ひどくなっていくようだった。
これ以上進むのは危険と判断し、稜線にあがったところにある片野選手と玉の窪小屋に緊急避難することを決めた。

玉の窪小屋で休憩するのは初めてだったが、なかはがらがらで数人がいるのみだった。
休憩料を支払い、お茶をもらいながらしばし待機。
その間にTJAR実行委員に雷のため緊急避難することを片野選手に電話で連絡しもらった。
小屋に入ってからもしばらく雷がやむことはなく、待機していたが小屋の中は寒く早く出発したかった。
念入りに乾かした足裏も結局濡れてふやけてしまい、中央アルプスの下りで肉刺ができるであろうことが簡単に予想できた。
1時間ほど待機すると雷がおさまったので出発。
木曽駒を経由して18時直前に宝剣山荘を滑りこんだ。
宝剣山荘でスタッフと合流し、食糧調達とカップめんをいただく。
中央アルプスはここからが長い。
毎回水切れを起こしているので水も食料も多めに確保する。
出発前に有吉選手が追いついてきたので、片野選手と3人で日没直前に出発した。

木曽駒山頂

宝剣山荘にて補給


宝剣岳は薄暗い中の登る。
宝剣を下りたころには真っ暗になっていた。
その後もしばらく一緒に歩いていたが、有吉さんはもっと速く歩きたいようで先に進んでいった。
片野選手とはペースもほぼ一緒だったが、どうやらかなり眠いらしく檜尾岳の手前で仮眠したいということで別れた。
(結果的に以後の行程はほぼ単独で進むことになった)

この時間帯になると雨がやむどころか雲もすっきりはれ微風で満天の星空の中歩くことになった。
本当に気持ちが良い夜だった。
中央アルプスは相変わらずなかなか効率的に進めず、足も重かったが気持ちだけは軽かった。
自分なりのペースで檜尾-熊沢と越え、木曽殿から空木の登りにかかる。
全然眠くなかったが、空木の手前の岩稜帯の岩のくぼみで「満天の星空を見ながら寝る」ということをやってみたかったので、(天気は良かったけど)雨風がしのげそうな岩の陰で5分だけ寝転がった。
眼を閉じるのがもったいないような星空で、眼を閉じたの1分にも満たない時間だっただろう。
それでもぜいたくな時間だった。

TJAR2018 2日目

TJAR2018 2日目

疲労もそれほどなかったので2時間程度の仮眠のつもりだったが、その通りに起きることができた。
近くでごろ寝していた佐幸選手もほぼ同時に起きていた。
準備をしていると男澤選手が通過していった。
着干ししていたソックスが思ったよりも乾かず、足裏もふやけたままだったのが少し心配になったが、それほど気にしなかった。

深夜に佐幸選手と出発。
深い霧のなかの出発となった。
近くのストックシェルター(江口選手?)はどうやら先に出発したようだった。

太郎平小屋を過ぎた辺りで進行方向から深夜の霧の中灯りが2つやってきた。
こんな時に誰かと思うと、ヤマケン(山本健一選手)さんだった。
TJARの選手だとは認識しているらしく、応援していただいた。

その後も夜の霧の中を進むと先行者に追いついた。
男澤選手かと思っていたら船橋選手だった。
調子が悪いらしく、これ以降しばらく一緒に歩くことになった。

北ノ俣をすぎ、黒部五郎の手前辺りで夜が明け、黒部五郎に着くころにはすっかり明るくなっていた。
ここでも応援の方とすれ違い。
こんな早朝にありがたい。

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いただいた写真

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3人そろって元気

黒部五郎の小屋に2人より少しだけ早く到着すると男澤選手と江口選手が休憩しており、和気藹々といった雰囲気だった。
男澤選手は船橋選手と佐幸選手がもうすぐ来るというと、先行していたと思っていたのか驚きしばらく信じなかった。
彼の順位に対するこだわりはすごい。

残念ながら小屋が忙しいらしく、朝食は食べられず買い物だけさせてもらっているうちに2人は出発していった。
少しの休憩の後、3人で出発。
三俣蓮華の手前辺りからまたもや冷たい雨が降ってくる。
この辺りは2016年の時に精神的に一番落ち込んでいた場所だったが、今回はそんなこともなく楽しく3人で進めたと思う。
自分の記憶違いで3人揃って双六岳の山頂経由で双六小屋へ到着。
男澤選手と江口選手は先に進んでいったようだ。
小屋に着くころに雨はやんでいた。

双六岳山頂記念。汗



双六小屋でようやく温かい食事にありつけると思い迷わず食事を注文。
佐幸選手も同様だったが船橋選手は食欲がないらしく先に行った。
食事をしていると遠巻きにこちらを見ている人がいる。
よく見ると山ノ内はるかちゃんだ。
はるかちゃんはTJARを目指し、選考会も通過したが抽選で涙を飲んだ強豪選手で以前から親交があった。
今回は応援に来てくれていたらしい。
佐幸選手とともに食事をとりながら談笑する。
休憩中に垣内選手が追いついてきた。
彼は2014年に抽選で落選してしまった選手で同じ境遇を経験しているので話も分かると思い紹介した。
準備ができたところで佐幸選手と先に進んだ。
この時、もう雨は降らないだろうと思い予備のソックス(2枚持っていた)に変えた。

双六小屋から先に西鎌尾根は3回連続佐幸選手と一緒に登ることになった。
佐幸選手は相変わらず強い。
2人で着実に登っていくが、途中で結局雨が降り出してしまった。
足裏が心配になるが、仕方がない。
西鎌尾根を登り切り、槍ヶ岳山荘に到着。
友人たちが出迎えてくれた。

山荘で食事でも、と思ったがちょうど昼食時で混雑しており、休憩する気にならず下山することにした。
この時、妻が上高地の小梨平キャンプ場で待っていてくれているらしいということを聞いた。
小梨平キャンプ場はバスで来る必要があるので終バスまでには下りたい。
そのためには少し頑張って下らなくてはならない。
でも、濡れたままの足で長い下りは嫌な予感しかしない。
それでも応援には応えたいので佐幸選手には先に行くことを告げて歩行区間をすぎてからは頑張って下山した。

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槍ヶ岳山荘前にて

下山途中で体調を崩した石田選手に出会う。
本当に調子が悪そうだったが、復活を約束し先に行かせてもらった。

下りきってからもほとんど走って小梨平キャンプ場に到着。
予告時間より早くつくことができた。
妻をはじめ多くの人に応援され、とても勇気づけられた。
しかし、足裏はというと無理をしてしまったせいか早くも深い縦皴ができてしまい、この時点で最後のロードで苦労することを覚悟した。
本当はここでしばらく足裏を乾かした方がよかったのだろうがまだ明るいし、次々と選手がやってきて先に進む様子や、応援の方々を見ると悠長に休んでいられない気持ちになり、短時間のケアで先に進んだ。

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小梨平に到着

出発してすぐに追い打ちをかけるかのように雨が降り出し、さらに嫌な予感がしてきたが途中で止まれない。
とにかく明るいうちに進もう、沢渡の観光案内所まで走った。

沢渡の観光案内所はまだ営業しており、他の選手が多く休憩していた。
妻や仙波選手、幌延時代の友人も応援に駆けつけてきてくれていた。
ここではリラックスして休憩することができたが、その間に多くの選手に追いつかれ、先に進んでいった。笑

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みんなリラックス

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幌延時代の友人と

雨も小降りになり、薄暗くなったところで意を決して出発。
ロードは割と軽快に走り、トンネル区間もストレスなく走れた。
トンネル区間で自動車の往来で立ち往生気味だった近内選手と途中で合流し、一緒に奈川渡ダムへ。
奈川渡ダムでは垣内選手とも合流した。

近内選手はロードが強い。
奈川の登りでも軽快に走り先に進んでいった。
垣内選手は疲労していたようで、自分は小走りで先に行かせてもらった。
その間に中アの作戦などを話した。

仮眠予定だったながわ山菜館につくと、男澤選手と江口選手が仮眠しており、近内選手は先に進んだようだった。
自分はあまり眠くなくまだ進めそうだったが、当初の予定場所だったことと足裏の様子が気になりここで仮眠することにした。
仮眠の準備をしていると垣内選手も到着、すぐ隣で仮眠するようだった。
自分は足裏のケアをして一時間半程度の仮眠のつもりで寝たが、起きるとまだ足裏がふやけており、境峠の下り(ロードの下り)をふやけたままの足で下るのはまずいと思い、もう一時間仮眠することにした。
この間に垣内選手が起き、先に進んでいった。

TJAR2018 1日目

TJAR2018 1日目

午前0時、スタートを迎えた。
多くの方々に見送られハイタッチをしながらスタートする。
この瞬間は何物にも代えがたい時間だ。

応援が途絶え、いよいよ走り始める。
序盤はゆっくり、と思っていた。
前回より明らかに涼しく、ペースがよくわからない。
10km手前まではいつもながら佐幸選手とペースが合い、一緒に進んだ。
10km手前でウォームアップが済んだかのように体が軽くなったので佐幸選手と別れ少しペースを上げると望月選手が前方を走っていた。
望月選手は完全無補給(水は汲む)でのチャレンジをしていて装備の重量は18kg程度に及ぶという。
話しかけると、荷物が重くロードは相当きついようだった。
エールを交わし、望月選手をパスする。

その少し先に8人ほどの集団走が見えた。
そのまま追いつき、そして集団の抜く。
すると集団がばらけて江口選手、船橋選手がついてきた。
こうでないと面白くない。
行く先には男澤選手と思しき明かりも見える。
なかなかいいペースかなと思いながら進むと急に石田選手も合流した(集団に入っていた)。
どうやらライトを節約しながら来たようだ。
しばしこの4人で並走し、会話を楽しむ。
20kmの自動販売機で飲み物を補給。
暑い。
飲み物を口にすることが多くなり、いきなり胃が揺られる感じが出てきてしまった。
これはまずいと少しペースを下げたいが、みんながいるのでなかなか下げられず、結局最後の急勾配パートに入ってから少し下げた。

馬場島には3時間20分ほどで到着。
水を補給し、汗でびしょびしょになったウェアを洗う。
ここでゆっくり準備している間に先頭集団は先に進んでいった。

しっかりと準備をしてから再スタート、いよいよトレイルだ。
登り始めてすぐにHokkaido Yetiチームメイトの及川選手に会う。
どうやら準備中に抜かれたようだった。
エールを交わし先に進む。

登り始めると、とても調子が悪い。汗
ロードで胃が揺れてしまった気持ち悪さと、寝不足で集中を切らし、思うように進めない。
そういえば2016もそうだったなー、と思いながらぐだぐだと登るはめになった。
気持ち悪さもかなりのもので、早月小屋にあがるまでに2回ほど横になってしまった。
その間に何名かの選手に抜かれた。
早月小屋までかなり苦労しながら登ると飲み物を買い、もう一度横になって休憩。
さらに何人かの選手に抜かれるが、気にしない。
ゆっくり休憩してから、劔岳を目指す。
劔岳への登りも力が入らず、マイペースですすみ、山頂到着は8時半。
2016の一時間半遅れぐらいだった。
ここさきのカニの横這い、縦這いパートはどうせ渋滞で体が休まることを知っていたので、気持ち悪いながらもしっかりと食べることを心掛ける。

すぐに渋滞が始まり、望月選手を含めた10名以上の選手がダンゴになるという前代未聞?の事態となった。
望月選手とレース中にもかかわらずゆっくりと話すという貴重な体験をさせていだいた。

渋滞で前方の選手においつく

さらにおいつかれ、選手の集団ができた



一服劔を過ぎたあたりからようやく渋滞がはけてきたのでペースアップし剣山荘へピットイン。
望月選手は補給できないからと先に進んでいった。
多くの選手がしっかりと補給している中、自分は飲み物とお菓子のみの補給に留め、単独で先に進む。
遠くに望月選手が見える。あの背中に追いつきたい。

このころには胃の調子もほぼ復活していて、結果的に全区間を含めて精神的に一番きついパートは終わってしまった。笑
剣山荘~立山までのパートは多くの応援者にエールをもらい、2016年のきつかった2日目の午前中にまた頑張ろうと思えたその時を気持ちを、一日前倒しして思い出した。
別山を過ぎ、真砂岳を過ぎるころに望月選手に追いついた。
少し会話を交わし、今度は先に行かせてもらった。

その後、逆走して応援して下さっている北野選手に会う。
北野選手とは選考会でスイーパーのパートナーを組んで以来だ。
お会いできてうれしいが、今回またしても抽選で落選されてしまっていて言葉に詰まる。
が、優しく笑顔で話してくれて、とても癒された。
北野選手の強さを感じた。
自分もこうありたい。

尊敬する北野選手と


折立-大汝山-雄山は難なくクリア。
雄山にストックを置き忘れ、20分ほどロスしたが問題ない。
雄山の渋滞を進んでいると佐幸選手と船橋に追いついた。
そんなにがんばっているつもりはなかったが、渋滞のアヤというやつか、先行集団の方が渋滞が厳しかったのだろう。

一乗越には多くの応援の方々やスタッフの方々が集まってくれていた。

ほっとする時間だ。
そして、いよいよ、という気持ちになる。
ここから先が真のTJARのスタートだ。
簡単にエスケープもできない、自分の力が試されるルートの始まりだ。

天気は薄曇りでレースとしては最高だ。

一乗越は佐幸選手と片野選手と一緒に出発する。
しばらくして片野選手がやや遅れたがそのまま進み、五色ヶ原に佐幸選手とともに到着。
ここでも友人が待っていてくれて、応援してくれた。
嬉しいことにおにぎりが売っていたので購入して食べる。
次の山小屋、スゴ乗越小屋までの時間を考えると最後の補給かもしれない。
多めに食料を調達し出発。

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佐幸選手と五色小屋にて

スゴ乗越小屋までは佐幸選手とともに進む。
この区間はコースタイムが甘いのか大幅に短縮でき、食事可能な時間に到着できた。
小屋の前のテントサイトで早くも(17時半ごろ)男澤選手が寝るという。
どうやらいつものようにつぶれたようだ。笑
我々二人に「そのつぶれっぷりだと薬師峠に到着は12時過ぎるぞ」と言われたが、生憎我々はつぶれていない。
適当にエールを交わし、小屋へ移動。

スゴ乗越小屋には近内選手と垣内選手が先着していた。
そして、こんな奥地なのに多くの登山者や応援の方々がいてくれて、すごい盛り上がりだった。
今回は前回と違って内蔵の調子は良さそうで、ここでカップ麺を美味しく平らげた。

夕暮れ時に佐幸選手とともに先発した近内選手と垣内選手を追って出発。
北薬師の手前で日没し、雨も降ってきた。
冷たい雨だったので雨具を着用しすすんでいると、前方に明かりが見える。
追いつくと近内選手と垣内選手(とNHKのスタッフ)だった。
夜間のこのような環境は苦手なのかなれないのか、少しペースが上がらないようで追いつき、一緒に薬師岳を越える。
薬師岳を越えた後の下りは近内選手は下りも苦手なのかついてこず、佐幸選手・垣内選手と3人で薬師小屋まで下った。
このころには雨もやみ、わりと快適だった。

薬師小屋では遅い時間にも関わらず、外で待っていてくれる応援の方もいてくれた。
本当にありがたいことだ。

ほぼ素通りで薬師小屋を過ぎ、峠への下りへかかる。
下りは毎回あまり効率よく下れずいい印象がなかった(前回はいらいらした)が、今回はそんなこともなく効率は良くないものの平常心のまま下れた。
薬師峠のテントサイトは大混雑で、ごろ寝している船橋選手と思われるツェルトやストックシェルター(恐らく江口選手)もいた。
3人で水場まで行き水分を補給してから解散し、自分と佐幸選手は近場でごろ寝、垣内選手は水場近くで仮眠することにした。
そんなに天気は崩れそうもなかったので自分はソックスの着乾かしを選択。
足を拭いてから濡れたソックスを履いて就寝。

自分の実感では2016よりも峠到着は少し(30分ぐらい?)遅いが消耗は少ないので行けそうだと思えた。

TJAR2018 自分の顛末

TJAR2018が終わってから早くも2か月。

2週間後にはもう報告会だ。

家の不在も解消予定なので、明日から自分が経験しなにを考えたことをまとめて書こうと思う。

TJARは長く厳しいレースで選手が30人いれば30通りの壮大な物語があり、それぞれが真実だ。

テレビや雑誌で描かれるTJARだけが真実ではない。

むしろ世間に迎合した話だけが取り上げられる傾向にあるのではないか、と一選手としては思っている。

とりあえず目標は報告会前に完結。

ぎりぎりである。汗

B級観光地

今日は岐阜のB級観光地巡り。

岐阜市内で宿泊していたので、岐阜市内で薬膳モーニングからモネの池へ。

モネの池は確かにキレイだったが写真に助けられている感は否めない。

それより便乗商法がすごくゲンナリ。

モネの池、写真は美しく撮れるが。。。

その後は揚げたてドーナツを食べつつ川浦渓谷へ。

渓谷美がすばらしく、紅葉のシーズンはさぞ美しいだろう。

渓谷美がすごい(崖が高い)

のんびりサイクリングなども楽しそうだった。

岐阜の名所はまだまだありそう。

少しずつ発掘していきたい。