膝痛

昨日の洞爺湖一周ランの後、違和感レベルではない膝痛が発症してしまった。
ラン中や温泉ではまったくなんともなかったのが、入浴後歩きだしたら急に痛み出してしまった。

左膝の皿の内側下部で今まで痛めたことのない部位だ。
やや熱をもっており曲げ延ばしではっきりと痛む。
頑丈が売りの自分にとっては久々の故障だ。

原因はやはり昨日のペースで走れるほど脚ができていなかったためだろう。

走れないほどではないが、本日は安静した。
利尻は近いし、サロマに向けてもしっかり練習したかったのにこれは痛い。
大事でなければいいのだが。

というぼやきでした。


利尻一周に向けて、洞爺湖一周ラン

来週末に控えた利尻島一周悠遊覧人G(ゆうゆうらんにんぐ)に向けて、たまにはしっかりロード練習を、ということで洞爺湖一周ランをやってみた。
洞爺湖を選んだのは一周ランで飽きがこないことと、途中で挫けられないこと(笑)、温泉併設であることが理由だ。

今日は利尻、サロマのウルトラ系ロードレース連戦に向けての装備チェックを兼ねて、
ランパン:パタゴニア ストライダープロショーツ
シューズ:アディゼロフェザーRK2
も初投入した。
これらもなかなかよかった。
レビューはもう少し使い込んでから後日したいと思う。

洞爺湖一周ランは今回で3回目。
1回目はラン歴2ヶ月で36kmで5時間かかった。
最後は歩きまくった苦い思い出がある。

今回の目標は洞爺湖一周を利尻サブ4ペース。
時折現れる坂が、利尻を彷彿とさせる。
日差しの暑いが日陰が多く、風も涼しく、気持ちよく走り切れた。
今回は2時間30分で完走。
あまり余裕はなかったが、予定よりはいいペースで走れ、利尻サブ4に向けていい練習になったかな。


木陰の湖畔を快適ラン


最後は余裕なし。笑

TJAR2014 7日目(8/16)

TJAR2014 8/16 7日目のこと

荒川小屋でのビバークから佐幸選手、西田選手と3人揃って2時ごろに起床し、準備を整え出発した。
準備中は寒さがあったが行動し始めると気にならなくなった。

この日の目標は井川ACまで。

赤石岳への登りは雨だったこと以外ほとんど覚えていない。
途中赤石小屋への分岐で道を間違え5分ほどロスした。
こういう時にパーティだと心強いと思った。

赤石岳でも降雨と視界不良のためすぐに先を急いだ。
赤石岳避難小屋に5時前には到着した。
小屋に入ると中の登山客はもう起床して準備をしていた。
管理人からこんな時間に小屋を利用するのは非常識だと注意を受ける。
この時間帯で利用することが当然とは思っていないことと大会のルールを説明し、もし可能であればと食事を提供をお願いする。
管理人は基本的には大会を応援してくれている姿勢だったが、こんな利用の仕方をしていたら今後の他の山小屋を含めの協力を得られなくなるとの忠告を受け、運営側にも伝えるよういわれた。
ごもっともなので素直に聞いていた。
しかし、結局はやさしいご主人で、食事(普通の朝ごはん)はできないけど、カップめんならできると言ってくれ、カップめんを2つとコーヒーを補給した。
食事中もストーブの前に座らせてくれ、心も体も温まった。

赤石岳避難小屋を出発すると、空が明るくなってきていた。
百閒洞を目指し進んでいると進行方向から応援者が来ていた。
話を聞くと、大原選手が百閒洞で宿泊したが、寒さで苦労しているそうだった。

百閒洞山の家に着くと大原選手に出会った。
なんでも9時間も寝ていたそうで、シュラフがぬれて寒くてモチベーションが上がらなかったらしい。
山の家も営業が始まっていたので、ここでカレーうどんを食べてさらに温まった。

大原選手を含めた4人で最後の3,000m峰である聖岳に向けて出発した。
十分に休んだ大原選手は元気いっぱいで、出発してすぐの登りで先に行った。
残った3人は雨で眺望もない登山道を坦々と進み、特に苦労もなく聖岳に到着した。

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聖岳山頂にて。西田選手、佐幸選手と

聖岳で証拠写真を撮って、すぐに先に進んだ。このころには雨は止んでいたと思う。
聖岳の下りでかなり速いペース登ってくる人がいると思ったら、前回大会の完走者の小野選手だった。
ずっと逆走して応援してくれているそうだった。
少しだけ話をして、先にすすむ。

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小野選手がとってくれた写真

下っていると足裏の痛みが激しくなってきたので佐幸選手と西田選手の二人に先に行ってもらい、マメの処置をする。
靴と靴下を脱ぐともう見るも無残にふやけており如何ともしがたい状態だったが、気持ち程度にきれいに拭いてワセリンを塗った。

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ふやけた足裏(閲覧注意)

先行していた2人に追いつきたいと思うとなんとか痛みを我慢でき、下りでは小走りできた。

聖平小屋に着くと2人が休憩していた。
ここでは足を乾かしながら、カレー大盛りと無料サービスのフルーツポンチを食べた。
小屋の方々はみなTJARに好意的で応援してくれ、ウインドブレーカーにサインするよう頼まれた。
食事を済ませ準備ができると、2人はまだ準備していた。
2人より歩行が遅いようだったので、1人で先に出発した。

ここから上河内岳の分岐までが山中では最後のはっきりとした登りとなる。
登りは足裏も痛まず、まあまあのペースで登れたと思う。
登りが終わるころには徐々に天気が良くなってきたので上着を脱いでいると2人に追いつかれ、そのまま先に行ってもらった。
追いつこうとするが、やはり2人とは下りと平地を歩くペースに差があり、どんどん離されるようだった。
しかし登りはこちらの方が速かった。
茶臼小屋分岐直前の緩い登りで2人に追いつき、一緒に茶臼小屋に着いた。
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茶臼岳へ向かう尾根。せっかく脱いだのにすぐに天候悪化(西田選手撮影)

茶臼小屋では大歓迎を受けた。
小屋に上がらせてもらい、カレーとサービスのゼリーを食べた。
とても美味しく、宿泊者用の夕食もとても美味しそうで今度は宿泊したいと思った。本当に感謝。
最後の下りを乗り切るため、食事をしながら足裏を乾かし丁寧に処置をした。
準備が終わるころには雲から晴れ間が覗いていた。

とても名残惜しいが出発する。
出発のため小屋の外に出ると、ミスターボーダーラインことTJAR完走者の宮崎選手が小屋の前にテントを張っていた。
初対面だったが声をかけるとにこやかに話してくれ、今の時間にここに居れば大丈夫と太鼓判を押してくれた。
ありがとうございます。

3人で大声援を受けながら出発した。
処置のせいか痛みも和らいでいたので、自分が先頭で小走りで進んだ。
しかし、苦手な急斜面の下りかつ筋疲労させないよう抑えているとはいえ思いの外時間が稼げない。

眺望もなく下りに嫌気が差してきた頃に横窪小屋に到着した。
小屋前のベンチで休憩していると管理人が出てきて、熱心に応援してくれた。
管理人が荷物にならず迷惑でなければ、補給食セットを破格で買ってくれないかという。
迷惑なんてとんでもない、腹ペコの自分は何個でも欲しいぐらいだった、ほんとうにありがとうございます。
大きな模造紙に名前とコメントを書き、出発した。
出発する頃には日没していた。
ゆっくりコメントを見に来たい。

横窪小屋からウソッコ沢小屋までの急な下り斜面も小走りだったが、やはりペースはいまいち上がらなかった。
足も痛み出し、周囲も暗くなったことでモチベーションも下がっていた。

集中力を欠いたままウソッコ沢小屋に着く。
自分は休憩するつもりだったし、佐幸選手もそうだったと思う。
すると、ここで西田選手がしびれを切らしたように先行きたいというので、先行してもらった。
ここからが西田選手の本領発揮だった。
緩い下り斜面やガレ場、わかりにくい道を恐怖を覚えるような速度でどんどん進んでいく。
その迷わない足運びとスピードはさすが女子のトップトレイルランナーとほれぼれした。
圧巻の歩きで畑薙大吊橋に到着する。
ここでぐずぐず下っていたら、後々の時間が厳しかったかもしれない。
西田選手は勝利(完走)の女神だと思った。
自分もあとから聞くと佐幸選手もついていくのが精一杯で怖かったそうだ。

畑薙大吊橋を渡ると、またもや雨が降っていることに気が付いた。
自分はそうでもなかったが2人はかなり眠そうだった。
みんなで少し迷ったが、近くのバス停?で15分ほどの仮眠時間を設けた。
2人が仮眠をしている間、自分は足のケアをしていた。

休憩後出発するが、足裏の痛みから2人の歩きにまったくついて行くことができず先に行ってもらう。
30分ほど歩き、ゲートに到着すると2人がいた。
まだ2人は眠いらしく、管理棟?の軒下で1時間仮眠することにする。
その間も自分は仮眠せずに足のケアに専念した。
このころには足のふやけやまめに加え、むくみも出ていた。

仮眠を終え、ゲートを出発するとやはりすぐに2人に遅れだした。
「登山道も終わったしこのまま行っても足を引っ張ってしまうし良いことがないのでこれからは別行動にしたい、先に行ってほしい。」と告げ、2人には先行してもらった。
割と短時間で畑薙第一ダムに到着すると、2人が自販機での買い物を終え出発するところだった。
たぶん待っていてくれたのだと思う。ありがとう。
自分にダムを渡ったら一本道であることを教えくれ、どこかでの再会を誓い、2人は進んでいった。

自販機で(あまり眠くなかったが)眠気覚ましにコーヒーを買って飲み、すぐに出発した。
しばらく歩いていても足のむくみがひどく、全然足が出なかった。
時速4kmも出ていなかったと思う。
このままでは間に合わなくなると思い、意を決して小走りする。
だましだまし小走りを続けていると突然足がふわっと軽くなるのを感じた。
なんと、むくみが取れていた。
早く歩けなくてもまだ走れる、いけると俄然モチベーションがあがる。

そのまま小走りを続けていると、白樺荘の手前で歩いている佐幸選手に追いつく。
佐幸選手は自分が走っていて追いついたことに驚き、感心していた。
少しだけ並走し、エールを交換してから追い抜いた。
白樺荘では深夜にもかかわらず大勢の方が応援してくれた。
また、道中でも何台かの車から応援をいただく。感謝するほかない。

さらに小走りを続けていると、歩いている西田選手にも追いついた。
西田選手には「来たねー、来るかなとは思っていた」と言われ、西田選手も小走りをはじめしばし併走した。
すこし走ったところで自分は補給のため立ち止まる際に、西田選手はそのまま走って先行して行った。
またいつか追いつくかなー、と小走りを続けていると何個目かのトンネルの出口で飯島選手が待っていていくれた。
足裏が厳しいことを伝えると、「多少時間を使っても、足裏をしっかり乾かした方が結果的にゴールは早くなる。」とアドバイスをいただく。
大浜海岸での再会を誓い、先に進む。

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どこかのトンネル?(FBより)

井川AC手前の最後の長いトンネルにさしかかると、出口で大きく手を振って待ってくれている人が見えた。
応援の声も聞こえるような気がする。
「もうちょっとで井川ACか、待っていてくれるなら頑張らないと」と思いがんばって小走りで進むが出口には誰もいなかった。
今大会通じて最初で最後の幻覚だった。
眠くもなく意識もはっきりしているつもりなのに見えた幻覚は初めてで、自分の限界が近づいているのかと思った。

その後すぐ、4時前ぐらいに井川ACに到着した。
このころには雨が止んでいた。

井川ACでは西田選手が仮眠していた。
「追いつきませんでしたー。」というと「がんばって逃げた。」と言われた。
逃げなくてもいいだろーと少し思った。

雨が止んでいたので管理棟の軒下ですべての荷物をぶちまけ、乾かしにかかった。
管理棟で待っていてくれたお姉さんに裸足でもOKをもらい、裸足で管理棟にお邪魔しカレーとトマトをお菓子を食べ、ジュースも飲んだ。
お姉さん方は大変優しく、食事中も気遣ってくれ、いろいろ話しかけてくれた。
腹も満たされ、荷物の整理をしていると佐幸選手が到着し、中で食事ができることを伝えた。
荷物の整理中に急に眠気が来て、後ろに倒れ込むようにして寝てしまった。

スライド7
この日の行程。荒川小屋から井川オートキャンプ場まで

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TJAR2014 6日目(8/15)

TJAR2014 8/15 6日目のこと

ビバーク地点は風雨も弱く快眠できた。
わりとてきぱきと準備し3時ころには田中選手と出発した。

この日の目標は百間洞山の家だ。
田中選手から、6日目に百間洞山の家まで着けば、完走の安全圏に入ると聞いていた。

三峰岳を4時に通過し5時ころにはきれいな朝焼けが見えた。
今日は晴れるのかと期待が高まり、気分もよかった。

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三峰岳からの下りでの朝焼け

熊の平小屋に5時過ぎに到着、やはり仮眠すると効率よく進める。
小屋の人から西田選手と佐幸選手は1時間ほど前に出発したと聞き、もしかしたら会えるかもと思った。
小屋でカレーと水ようかんを食べ、水もたっぷり補給した。

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朝食中 

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朝食中の田中選手

あまり休まず2人そろって出発。
この時間帯はとてもよく晴れていて、塩見岳も見えていた。
今日はいい天気になるかもなーと思いながら元気よく進む。
いいペースを維持して歩けていたと思う。

しかし、北荒川岳に登ると天候は一転し、強風が吹き荒れていた。
塩見岳はすでにガスに巻かれ見えなくなっていた。
キャンプ場跡地あたりからは雨も降り出した。

風雨に耐えながら進み、9:40頃に塩見岳のピークに着く。
すると、三伏峠から来たというトレイルランナーが軽装で登ってきていた。
わざわざ応援に来てくれていたようだった。ありがたい。
塩見岳で写真を撮るとすぐに先を急いだ。

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塩見岳山頂で田中選手と

塩見岳を下れば幾分天気も良くなるかと思い、ガラ場を下る。
ヘルメット指定区間だし、濡れたガラ場は滑るかと思ったが、なんなく通過し塩見小屋に到着する。

食料・水ともに余裕があったので塩見小屋には寄らなかった。
ここからは小屋によるという田中選手と分かれて1人で進んだ。
塩見小屋からの下りで先ほどのトレイルランナーに抜かれる。
その際に三伏までどれくらいか尋ねると早歩きで1時間と言っていた。
こちらは下りではなんとか小走りできたものの、登りでは早歩きもできず、マイペースで進むしかなかった。
聞いた時間を過ぎた12:20頃に三伏峠に到着する。

三伏峠ではまずスタッフと合流し、GPS端末を交換した。
それから小屋へ行くと佐幸選手と西田選手が食事休憩していた。
迷わず自分もカレーの選手盛りを注文する。
外のベンチで座って食べようかとも思ったがエネルギー切れのせいか非常に寒く感じ、外のタープの下では休まらない。
そこで玄関先でカレーを立ち食いさせてもらった。
三伏峠のカレーは2012年大会のビデオで見ていて感慨深く、非常に美味しかった。

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三伏峠の選手盛カレー

カレーを食べている間に佐幸選手と西田選手が出発していった。
カレーを食べても体温が下がっているのを感じ、なにか食べ物を持たないとと考え、パンを6つ購入した。

もう少し休んでいたかったが休むと体温が低下することと、頑張れば高山裏避難小屋でもう一度食事できると考え先に進む。
小屋を出た直後に、カメラマンの宮上さんが写真を撮ってくれた。(この写真は宝物だ)

高山裏避難小屋まではアップダウンを繰り返しながら坦々と進んだ。
眺望もない一人旅なのでほとんど記憶に残っていない。
16:40頃に高山裏避難小屋に着くと佐幸選手と西田選手がまたまた食事休憩していた。
ほとんど入れ違いで出発していった。

ここではカップめんとフルーツ缶を食べた。久しぶりのフルーツはとても美味しかった。
出発時に小屋の管理人に「命かけてがむしゃらに歩くんじゃなく、天気がいい日にゆっくりこい」と言われる。
ぶっきらぼうだがいい人なんだなと思った。

17時過ぎには荒川岳に向けて出発した。
また一人で坦々と進み、鎖場を過ぎたところで日没を迎えた。
ガレの急坂にかかったところで踏み跡を見失う。
不安になり叫んでみると佐幸選手が返事してくれた。
ガレ場をそのまま登ればいいという。
少し登ると踏み跡を見つけ、安心する。
だが試走もしておらずこんな踏み跡みたいな道ではまた迷ってしまうと不安になり、前を行く2人に追いつこうとペースを上げた。

急坂が終わり平坦になったところで、ガスと闇夜でまた道を見失う。
というかどこも道に見える。
地図を出して磁石を見ても道がわからない。
またまた何度か叫ぶが返事がない。
試走もしていないし、こりゃまずい進退窮まったかもしれない。
最悪ここで朝までビバークか、後続を待つかとも思い途方にくれていると、明かりが近づいてきた。
誰か選手が来たかと待っていると懐中電灯をもったジャージ姿の男性だった。
その服装と装備にかなり驚くが、道を聞くとこのまま進めばいいという。
また×印はオーバーハングだから通ってはいけないと教えられる。
安心して先に進む。

やはり道がわかりにくいなんとなくわかり、教えられたとおり×は避けつつ進んでいると佐幸選手と西田選手に追いつくことができた。
西田選手は試走しているのに迷ったと言っていた。
合流し、なんとか山を下り始めることができた。
結局どこが山頂かはわからなかった。
荒川岳からは夜間ということもあり3人揃って進んだ。

ほどなく荒川小屋に着く。
このころには雨がひどくなっていた。
荒川小屋では雨の中スタッフの方々が待っていてくれ、メディカルチェックを受けた。
本当は田中選手から今夜つけば完走安全圏と聞いていた百間洞山の家まで行きたかった。
しかし、コースロストで気持ちが完全に萎えていたことと、安全を考え集団行動することにし、キャンプ指定地へ移動した。

順当にいけば(完走ペースならば)、この日が最後の山中ビバークになるはずだった。
しかし、装備が全て濡れている上に降雨かつ標高の高さから、もっとも過酷なビバークになるだろうと思っていた。
(すべての装備が濡れていたが、濡れても保温力がある装備を持ち、濡れた状態でテストして選んでいる。本来は濡れていない着替えを持つべき)
反面、このビバークさえ乗り切れば完走がぐっと近くなるとも思った。

パンを食べ濡れた衣服も全て着込んで寝る準備をしたが、最初は寒くて震えが止まらず、咳も出た。
寝る体勢に入ってしばらくすると田中選手が到着していた。
翌日の行動予定を告げ、一緒に行けたら行こうと誘う。
しばらくすると寒さにも次第に慣れて眠りに落ちた。
(あとから西田選手に聞いたところ、西田選手は全然寝れなかったのにamatchはすぐに寝ていびきが聞こえてきたとのこと。苦笑)
雨を嫌ってチャックをあまり開けなかったせいもあり、途中息苦しさで目を覚ましたりしながら(ストックシェルターは構造上濡れると換気できず酸欠になる)結局2時間ほど仮眠できた。

スライド6
この日の行程 三峰岳手前から荒川小屋まで

TJAR2014 5日目(8/14)

TJAR2014 8/14 5日目のこと

市野瀬につき、メディカルチェックを受けると西田選手が寝ていた。

ここで少し仮眠することを決め、ドロップバックを受け取り30分ほど次の準備をしていると西田選手が起きて挨拶を交わした。
目覚ましをかけ、この後の行程を寝ながら地図で確認していると、ものすごい眠気に襲われてすぐ眠ってしまった。

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一之瀬で仮眠中(FBより)

目覚ましがなり7:30に起きると西田選手は出発していた。
かなり頭はすっきりしていたが、足が痛みのろのろと準備をした。
着替えも荷物にあったが、雨が降っていたことと着替えるのが面倒なことから着替えずにそのまま送り返した。
出発直前に田中選手・佐幸選手・仙波選手・米田選手が到着していた。みんなとエールを交わし出発した。

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一ノ瀬を出発(FBより)

ここでの目標は熊ノ平小屋で次ビバーク。
ここからはTJARで最長かつ最難関の南アルプス越えだ。
これからが本当のTJARの始まりだと思った。

市野瀬出発時には雨が降っていたのと、少し寒かったのでフル装備で出発したが、すぐに暑くなり脱ぐ。
また、登山道に入ってすぐに道を間違える(ここは少し迷いやすい)。
焦らず正規ルートに復帰すると佐幸選手とバッタリ遭遇した。
田中選手もすぐそばにいた。
またしばらくこの三人で行動することとなったが、パン休憩を取る時に佐幸選手が眠いと言いながらいいペースで抜いていった。
田中選手も続き、自分が遅れて進んだ。

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湧水を飲む佐幸選手

地蔵尾根に差し掛かる頃に田中選手に追いつく。
佐幸選手は調子がいいらしく先に進んでいったそうだ。
そのまま田中選手とつかず離れず黙々と進んだ。
森林限界を超えたところでまた道を間違え、正規ルートに戻るところで田中選手とまたまたばったり会った。
ばったり会ったのが仙丈小屋直前だったので仙丈小屋まで一緒に進んだ。

仙丈小屋では佐幸選手が食事休憩していた。
楽しみにしていたカレーを頼もうとするも品切れらしくカップめんとライスを注文する。
(このカレー品切れ事件は、おかわりを食べた選手への恨みから後々までの語り草になっている。笑)
小屋のご主人は品切れを終始申し訳なさそうしていた。
もう少し待てばおにぎりも作れるとのことだったので4つお願いした。
おにぎりを待つ間に佐幸選手が先に出発していった。

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仙丈小屋での食事

おにぎりが出来たところですぐに田中選手と一緒に出発した。
仙丈小屋から仙丈ヶ岳はすぐに着いたが、山頂では風雨が強かったので写真だけ撮ってすぐに出発した。
仙塩尾根を田中選手と話をしながら坦々と進む。
尾根の途中で日没したがそんなに寒くはなかった。
夜半には雨もやんだようだった(よく覚えていない)

野呂川越のあたりから、田中選手が眠くなってきたようだった。
自分の耐えられないこともないが眠気を覚えてきたので、約1時間おきに15分程度のごろ寝仮眠を2回入れる。
それでも眠気が消えなかったので三峰岳の1時間程手前のやや広い場所で23:30頃にビバークすることとした。

仮眠の準備をしていると、ラン仲間からGPS位置情報が更新おらず、どこにいるのかというメールが来た。
見ていてくれることが嬉しく安心して快眠できた。

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田中選手と並んでビバーク

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この日の行程 市野瀬から三峰岳の手前まで

TJAR2014 4日目(8/13)

TJAR2014 8/13 4日目のこと

目が覚めると3時間仮眠のはずが3時間50分経過しており、「やばい置いて行かれたか!」ととても焦った。
たぶん声に出ていたと思う。
しかしみんな寝過ごしていて、自分が一番早く目覚めていた。笑

すぐにみんなを起こしてパンを食べながら準備し、3人そろって出発した。

この日の目標は最低限は駒ヶ根のドラッグストアに間に合うこと。
できれば駒ヶ根でお風呂に入ること。
そして市野瀬に深夜でも到着して市野瀬で仮眠を取ることだった。

ロードを3人でしゃべりながら歩き、スキー場に着くころには夜が明けた。

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スキー場からは雲海がとてもきれいだった。

スキー場では休まずそのまま3人で木曽駒を目指した。
登山口直後の幸ノ川渡渉ポイントの増水は治まっており、シューズを濡らさず渡ることができた。
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渡渉ポイントでの田中選手

途中の水場(4合目半力水)辺りから田中選手がペースが合わないとのことで徐々に遅れて行った。
7合目避難小屋で小休憩し、さらにすすむ。
避難小屋では御嶽山がきれいだった。
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避難小屋にて、御嶽山をバックにやまちゃんポーズ

今大会初めての晴天で景色も良い。
気分も高揚し佐幸選手とフォーフォー雄叫びを上げながら順調に進んだ。

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木曽駒への登り。佐幸選手

玉ノ窪小屋、木曽小屋はパスし一気に頂上まで登った。

木曽駒ヶ岳山頂では写真を撮影し、ちょっとの間だけ眺望を楽しんでからすぐに出発した。

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木曽駒頂上にて佐幸選手と

木曽駒では大勢の方から応援していただいた、ありがたい。
駒ヶ岳頂上山荘でメディカルチェックを受ける。
ここでは阿部選手が休憩していた。
どうやら(ある意味予想通りだが)寒くてよく寝られなかったらしい。
頂上山荘では食事がとれなかったのでメディカルチェックが終わるとすぐに佐幸選手と宝剣山荘に向けて出発した。

ほどなく宝剣山荘に到着。
カレーなどの手のかかる食事は頼むことができなかったためカップめんとチョコレートを食べる。

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エネルギー充填中

食事休憩中に阿部選手と田中選手も到着した。

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仲間みんなとの食事(田中選手撮影)

食事を終え再び佐幸選手と空木岳を目指して出発した。

空木岳までの縦走路は晴天・微風で快適そのものだった。
途中、これまた転勤した若手のM君から駒ケ根で待っていると連絡が入る。
日没ぐらいに到着予定と告げた。
事実そう思っていたし、佐幸選手とは駒ケ根で温泉に入ろうと楽観視していた。
また、お手製のうちわで応援してくれる女性もいたりして、雄叫びをあげながら元気よく進んだ。
しかし、コースの特徴なのかペースが全然上がらない。
去年トレッキングに来た時もタイムを稼げなかったと思いだし、駒ケ根のドラッグストアの営業時間に間にあうか不安になってくる。
檜尾岳を過ぎたあたりから、今度は水のストックが心配になってきて、汗をかかないようにさらにペースを抑えた。
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空木岳への縦走路

結局ペースが上がらないまま木曽殿山荘へ到着。
水を買おうと小屋の主人に聞くとカップめんができるというので2つ注文するとミニトマトをおまけしてくれた、感謝。
食事をしていると再び田中選手が追いついてきた。
今度は3人で小屋を出発し空木岳を目指した。

この登りはそこそこのペースで空木岳に到着。
写真撮影しすぐに下山した。

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空木岳山頂にて 田中選手、佐幸選手と

空木岳を下り始めてすぐに駒峰ヒュッテに到着した。
登山客がテラスで食事していて、拍手で迎えてくれた。
ここで前出のM君に日没は無理で、時間的余裕がなくなってきたことを告げるが、せっかく来たので待っていると言ってくれた。
駒峰ヒュッテでは飲み物をぐい飲みしてすぐに3人で出発した。

この池山尾根の下りのからは足裏にマメができてしまっていて、小走りでは痛く早歩きで下った。
樹林帯に差し掛かるころに日没したが、温泉は絶望的なうえにドラッグストアの営業時間21:45に間にあう自信がなく、ほとんど休憩せずに進んだ。
池山の水場では水の補給と水をがぶ飲みしさらに先を急いだ。
なんとか林道終点の空木岳登山口に着いた時に、若手にドラッグストアに直行することを電話で告げた。

スキー場の斜面に差し掛かるころには歩きではかなり厳しいことを悟る。
スキー場斜面を下りロードに出たところで、田中選手はドラッグストアに寄る必要がないらしく歩くとのことので別れ、佐幸選手と駒ケ根の下りロードを急ぐ。
ロードでは最短距離を通って走ることを決め、菅の台に自分の応援が居るはずもないと思い(実はきてくれていた)、目の前を通らなかった。
佐幸選手は早歩きで、自分は小走りで急ぐが駒ケ根ICを過ぎたあたりで痛みで走れなくなる。
だがそのころには間に合うめどがついていたので歩きに切り替えた。
早歩きの佐幸選手と合流し、閉店10分前に滑り込んだ。
(この買い物は今思えば完走への重大なポイントだった)

ドラッグストアではカフェイン・痛み止め・湿布・カロリーメイトなどを購入した。
M君は店で待っていてくれた。
買い物後、店外で少し話し、記念撮影をして別れた。本当にありがとう。

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M君との記念撮影

買い物後は、まずはガストを目指して歩いた(佐幸選手と駒ケ根ではすきやではなくガストで食べると決めていた)が右足の小指から激痛がすることと足全体が腫れて、時速3km程でしか歩けなかった。
食事をして休めば回復するだろうと思い、足を引きずりながらガストに到着する。
ガストでは待ち望んでいたハンバーグとパスタとサラダを注文し、足を乾かしながらとてもおいしくいただいた。

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ガストでの食事

食事休憩後も足の痛みは治まっていなかった。
足裏の特にまめが痛み、まともに歩けなかった。
ここで初めて完走できないかもしれないと思い、焦りを感じた。
とにかく水道がある場所で立て直したいと思い、スマホで検索しガストから近くにある駒ヶ根市内のすずらん公園に向かう。
佐幸選手も温泉に入れなかったから体を拭きたいと公園まで一緒に行った。
その道のりでも一歩ごとに激痛が走り、右足を引きずりながら歩いた。
だんだんと焦りが募っていく。

すずらん公園につき、まず頭を洗い足をアイシングしてからマメを処置した。
マメは小指の裏全体に広がるほど大きくなっていた。
そうこうしている間に駒ケ根在住の友人A君から電話が入る。
菅の台で待っていたが通らなかったからどこにいるかとのことだった。
連絡くれれば通ったと言うとびっくりさせたかったらしい。
こっちは焦っていたので冷たく「時間がない、忙しい」と言うとすずらん公園に来るという。
了解し電話を切って処置を続けるが、焦ってはかどらない。
この間佐幸選手にも冷たく接してしまったと思う。
後からめちゃくちゃ反省した。

処置や準備をしているとすぐにA君が来てくれた。
ちゃんとルールも調べたらしく、少し離れた場所から眺めながら手伝えないことを申し訳ないと言ってくれた。
本当にこころから応援してくれているんだなとわかり、電話の態度を深く反省した。

佐幸選手は準備ができたようだったので、足を引っ張るかもしれないから先に行ってほしいと告げると、またどこかで会おうと言って出発して行った。
処置と準備をしながら話をし、だいぶ落ち着いてきていた。
とにかく市野瀬を目指す、マメぐらいでは自分からリタイヤしないことを決意し、A君に電話の非礼を謝罪し記念撮影をしてから0時すぎに出発した。

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A君との記念撮影。ふっきれてちょっと元気になっていた


すずらん公園を出発すると、痛みはかなり和らいでいて小走りならば走れることがわかった。
線路を越えてすぐのコンビニで飲み物・甘味・仙丈ヶ岳までの食料を購入し、さらに小走りで進む。
すぐに熱心に応援してくれる近所に住むというおばあさん会った。
旦那さんと登山を楽しむTJARの大ファンとのことだった。
とにかく気をつけて、大浜まで頑張ってと送り出される。

天竜川の手前では歩いている佐幸選手に追いついた。
佐幸選手は走れていることに驚いていた。
本当は一緒に行きたかったが、歩くのが佐幸選手より遅いことと、いつ走れなくなるかわからないことから、先ほどの態度を詫び、そのまま追い抜き小走りで進むことにした。
また、田中選手からは天竜川に架かる橋の下が仮眠適地でそこで仮眠するとメールが入っていた。
ここでも自分は走れるうちに市野瀬を目指して行く、もし寝ていたら起こして欲しい旨を返信し、小走りで進む。

自販機で飲み物を補充しながら登りもほとんど小走りで進むことができたが、途中で眠気のあまり20分ほど座り込むこともあった。
中沢峠からの下りも小走りで進むことができ、思ったより順調に進み空が白む頃に市野瀬に到着した。

TJAR位置図
この日の行程。木曽駒森林公園から市野瀬まで

稚内フットパス宗谷丘陵コースジョグ 

昨日は宗谷丘陵のフットパスをぐるっとジョギングしてきた。
フットパスのコースについては、こちらを参照
フットパス11kmを走り海へ出たあとは、国道を通って宗谷岬に戻る周回コースをジョギング。

宗谷岬からスタートする、まさに最北端の散歩道だ。
去年の夏に一度ジョグしたことがあったが、その時はあいにく雲がかかっていた。

今日は晴天に恵まれ、利尻やサハリンが望める素晴らしい。
このコースの本来の魅力を十分に堪能した。


スタートの宗谷岬 気温は。。。

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丘陵から岬方向 うっすらとサハリンが見えた(写真は無理だった)

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丘陵には風車が立ち並ぶ

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宗谷丘陵の周氷河地形と風車

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貝殻を敷き詰めた白い道がこのコースのハイライト

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牧草地ではタンポポが咲き乱れていた

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丘陵の白い道を走る

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海へと続く白い道 稚内市内とうっすら利尻が見える

こんなにいい道なのに、歩行者には誰にも会わなかった。
車で観光している人がちらほらいるぐらい。

フットパスが終わり、海へ出たらあとは国道238号線を北上。
立派な歩道がついていてとても走りやすい。


最北端の碑でゴール

合計約18km、最北の春を満喫できた。

車でも自転車でももちろん徒歩でもおすすめコースです。

ピッシリ山 山菜狩りトレイルラン

昨日、道北の羽幌町にあるピッシリ山に仲間たちと3人で山菜狩りトレイルランに行ってきた。
3年前にソロで行ったことがあり、ほとんど人が行かないような環境なので、山菜の宝庫だった。
しかし、そのときはトレランザックだったので持って帰ることができずに泣く泣く見逃した。
その教訓を生かして、今回は軽量・大容量の山と道miniで出撃。

3年前と同じ通行止めゲートから、全く同じ羽幌側コースをたどる。
羽幌二股ダムまで登り基調のロード約5km→ダム上流側までアップダウンのロード約2km→登山口まで登り基調の林道約4kmと、登山口まで約11kmのラン。
この間はウドゾーンで道路の両脇をすかさずチェックする。
通行止めが継続されているせいか、林道の崩壊がより進んでいるようだった。

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新緑のシラカバと青空のコントラストが美しい

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林道を走って登山口へ(ここからさらに2km)

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登山口は、ぱっと見うっそうと草が生い茂っていて、気持ちを萎えさせる。


意を決して、進むと登山道は倒木など多少あるものの、それほど藪でもなく3年前とほぼ変わらない。
そして登山道の両脇にはギョウジャニンニクが(有り難みがないほど)大量に生えていて、タケノコもちらほら。
チェックしつつアップダウンのある尾根を進むと、標高800m付近から残雪の斜面となり、それを終えるともう一息で山頂へ。

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樹林帯ではいろいろな花が咲いていた

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標高700mあたりから眺望が開ける

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標高800m付近から残雪がしっかりと残る

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残雪の上を歩く

走り始めて3時間ちょっとで山頂へ到着。
山頂は風が強いものの気温は低くはなく快適だった。
良く晴れておりなかなかの眺望だ。
ピッシリ山へ幌加内側から続くもうひとつの登山道である蕗の台コースははまだ雪に覆われているようだった。
こちらもアクセスが悪く、登ってくる人はいないもよう。
ゆっくりラーメンを食べ、会話も弾む。

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山頂から幌加内方面の眺望。朱鞠内湖が見える

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3人で記念撮影

40分ほど休憩し、下山開始。
下りはあっという間だ。
途中でギョウジャニンニクとタケノコを採取する。

帰りの林道ではウドや落ちていたエゾシカの角も採取。
さらに自生しているアスパラ(!)まで採取し、通行止めゲートに到着。

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エゾシカのポーズ

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道端で自生していたアスパラガス(初めて見た)

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戦利品を持って下山中

往復34kmの標高差約1,200mとなかなかの山行だった。
みんなと行くとやはり楽しい。
2人ともありがとう!
アクセスの道路は通行止めなので、行かれる方は自己責任でお願いします。

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戦利品。今夜は山菜パーティ

TJAR2014 3日目(8/12)

TJAR2014 8/12 3日目のこと


翌朝は4時頃雨の音で目を覚ました。
結局またすべて装備が濡れてしまっていた。。。
足もふやけたままだった。最悪だ。

上高地のバス停の軒下で寝るべきだったと後悔しながら1時間ほどグズグズし、意を決してのろのろと準備し出発しようとすると、ちょうど佐幸選手が上高地を通過するところだった。
思わぬ再開に喜び皆の状況を聞くと、寝ている間に朽見選手・西田選手・阿部選手が通過していったらしい。
せっかくのなので佐幸選手と一緒に6時頃にキャンプ場を出発した。

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佐幸選手とかっぱ橋にて

この日の目標は、早めに木曽駒の登山口について、早々に寝るところまで。
山の上で仮眠は寒いし、休まらないだろうとの考えだ。
目標では21時頃には登山口だった。

上高地で朝食が食べられる場所を探していると田中選手を発見し合流した。
上高地の食堂が開いていて、特に朝食メニューなどはなく、なんでも食べさせてくれるらしい。
一番力がつきそうなトンカツ定食ご飯大盛りをたのんだ。3人そろってトンカツ定食だった。笑

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上高地の食堂で3人揃ってトンカツ定食

食事後は雨が降る中を思い思いのペースで進んだ。
自分は登りは歩き、下りと平地は走りと決めまずは沢渡を目指した。
途中まで佐高選手と一緒だったが、国道158号のトンネル区間で徐々に離れ一人旅となった。
沢渡までの下りはなかなかのペースで走れたと思う。
沢渡で飲み物を補給し、足湯と東屋を視察、選手は誰もいなかった。
グズグズしても仕方ないので先に進んだ。

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大正池にて 佐幸選手

奈川渡ダムまでもなかなかのペースで進むが、トンネル内の歩道が狭く(ないところもあった)車が通るときは進めない場合もあるなど効率が悪かったが、坦々とすすみダムについた。
ダムに併設する薄焼きカフェがオープンしていてTJARのロゴを発見!

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薄焼きカフェでのTJARロゴ

迷わず入店し、薄焼き×2・スープ・かき氷を注文した。
薄焼きは大変美味しく、本当は一個持っていくつもりだったが食べてしまった。

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薄焼きカフェに休憩中

このころから休憩時間が長くなり、行動の質が落ち始めていた(多少自覚があった)。
食べながら、装備チェックしているとほどなく佐幸選手と田中選手が到着した。
写真撮影して入れ替わりに出発した。

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薄焼きカフェで3人揃って

奈川渡ダムを11時過ぎに出発してからしばらくは登りも小走りで走れた。
奈川の集落の手前でコーラを補給しすっきりし、分岐では新野麦街道を選択しここからは登りは歩きで坦々と進んだ。
峠道に差し掛かる手前の自販機で飲み物を買うか悩むもゴミ箱が併設されていなかったのでパスした。
峠の直前の蕎麦屋で休憩か飲み物を買うかを悩むもあまりお腹がすいていなかったことと、自販機が道路から20mほど離れていたのでめんどくさくなりパスした。
(実はこのあたりで阿部選手が休憩していたらしい)
これの2つのめんどくさがったパスをのちのち後悔することとなる。

境峠には13:45分頃に到着した。
ここでようやく雨が止んだので下りの前に足を乾かそうとしたが、ひどくふやけているうえに、靴下も濡れていてすぐに諦めてしまった。
ワセリンだけ塗布して出発した。

境峠からの下りも小走りで進んだ。
途中で本州に転勤した職場の上司のI氏から藪原あたりにいると連絡があり、再会を楽しみに下る。
I氏は藪原までおよそ10kmの地点まで手作りの応援旗をもって来てくれた。
ここから先のスーパーまるとで休憩するのでそこで話せるゆっくり旨を伝えると、そこで待っていてくれるとのこと、約1時間半と告げ、別れる。
急な下りが終わると徐々に暑くなってきて、足裏が熱を持ち痛み出した。
足裏を冷やそうと途中の沢に足を突っ込んだりした。
その後は自販機をパスしたことによる水不足に苦しめられる。
その辺の水道で水をもらおうかと思ったが、人がいないのとルール違反と思い最寄自販機まで耐え、そこで補給する。
スーパーまるとまではかなり消耗し、約2時間かかってしまった。

16:30頃にスーパーまるとに到着した。
I氏は言葉通り待っていてくれた。
食料調達をすませ衣類や足を干し、食料補給しながらI氏と話す。
I氏は「達成感が得られれば、どこまでいってもそれでいいと思う」との言葉をくれた。
この言葉は今でも忘れられない。
40分ほど話しながら補給・休憩をした後、I氏は明日蝶ヶ岳に上るとのことで松本に向けて出発していった。

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応援に来てくれたI氏と

先に進む気力がわかず、そのまま衣類と足が乾くのを待っていると佐幸選手と田中選手が相次いで到着した。
準備しながら寒いというと2人は寒くないという。
これは栄養不足かと思い、追加でカロリーの高いポテチとかりんとうを購入し、食べながら進むこととした。
(今思えば気力がわかないのもカロリー不足だったのかもしれない)
結局90分ほど休憩して佐幸選手とともに出発。
田中選手は調子が悪そうで、藪原のあたりで仮眠してから進もうかなと言っていた。

この日はこれからの区間をすべて歩いた。
佐幸選手は自分より歩くのが早く、ついていくのが大変だった。
藪原駅を過ぎたあたりで日没となる。
歩きながら足裏の痛みからドラッグストアに寄りたいと思いスマホで検索するが木曽のドラッグストアの営業時間には間に合いそうもない。
明日、駒ケ根で行くことにし、歩きつづける。

権兵衛峠方面の道路との交差点のコンビニで休憩していたところ、湯川選手と会う。
目の不調からリタイヤしたそうだ。
大浜で待っている告げとエールをくれて去って行った。

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コンビニ休憩中(湯川選手撮影)

出発直前に田中選手がやってきた。
調子を取り戻したので先に進むことにしたそうだ。
途中もう一軒のコンビニにより、木曽駒ヶ岳までの食料を調達し、さらに歩く。

国道から入ったところでスタッフのOさんがGPS端末の交換機を持ってきてくれた。
また、西田さんがスキー場でビバークし0時出発予定なこと、スキー場の軒先は使えないこと、スキー場にはボーイスカウトが来ていて端しか使えないことなどを聞いた。
その間に田中選手が追いつき、3人で先に進んだ。

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3人揃ったところで撮影(Oさん撮影)

3人で軒先が使えないならスキー場まで行く必要がない、装備を乾かしたいからできれば東屋みたいなところで仮眠したいなどと相談しつつ、東屋を探しながら進む。
キャンプ場が併設された木曽駒森林公園で大きな東屋を見つけ、満場一致でここを仮眠場所とした。
3人分の衣類などを広げてもまだ余裕がある大きな東屋で、大会を通してもっとも快眠できた。

木曽駒登山口付近の渡渉ポイントが増水して危険との話を聞いていたので、明るくなることに登山口に着くよう逆算して3時間睡眠と決めパンを一つ食べてから23時頃から仮眠。
やはりすぐに眠りに落ちた。

この日から、行動予定に遅れが出始めるが、まだ平気だろうと安易に考えていた。
また今となっては休憩時間が長すぎたと思う。

また、このロード区間では応援できてくれている人が多く、とても心強かった。
感謝。
スライド1
この日の行程。上高地から木曽駒森林公園まで

TJAR2014 2日目(8/11)

TJAR2014の2日目(8/11)のこと

この日の目的地は最低でも上高地、あわよくば沢渡までいって足湯に入ることだった。

4時の出発を目指して準備するもなかなかはかどらず結局4:15頃に準備が整った。
出発しようとしたところで、湯川選手が到着しそのまま通過していった。

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小屋出発時 湯川選手が先行

改めて4:15ぐらいに出発。
既に周りはうっすら明るくなってきていた。
その時、ほぼ同時に出発したのは佐幸選手、西田選手、田中選手、朽見選手の計5名。
なかなか良いパーティで湯川選手をすぐに抜き、6:30分頃に薬師岳に着く。

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薬師岳山頂付近 みんな元気

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薬師小屋への下り 朽見選手かな?

薬師岳山頂付近はまだ風雨が強く休憩せずに出発した。
薬師岳の下りは強風と雨で視界があまりなかったが、道ははっきりと見えていて小走りできた。
こんな中でも小屋方面から登ってきている人がいてほっとした。

そのままの5人パーティで薬師小屋に入ると、先行していた選手は約2時間前に出発したとのことだった。
食事の提供が可能とのことで大盛りカレーを頼み、玄関先で食べさせていただいた。

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薬師小屋でカレーを待つ

かなりゆっくりしてから出発、薬師峠までの沢も増水が収まったようで、水も濁っていなかったので土砂崩れの心配はなさそうと職業柄思ってしまった。
徐々に隊列を伸ばしながら太郎平小屋に到着。
ここではパンを購入したのみでほとんど休憩せず、先に進んだ。

太郎平小屋からは思い思いのペースで進んだ。
雨もだいぶやんで、視界も広がってきていたが景色は望めなかった。
この日は調子がよく、自分が先行する場面が多かったが、座ってを食事休憩していると追いつかれるような、ほとんど同じペースで5人が進んでいた。
道が所々水たまりになっており、靴の中はびしょびしょで濡れないことは諦めがついた。
分岐では五郎のカールを通る道を選び昼前に先頭で黒部五郎小舎に到着した。

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黒部五郎のカールで応援に来てくれた方と一緒に

小屋で親子丼を注文し、待っていると本日同時スタートのみんなが次々と到着。
黒部五郎小舎では西田さんがお腹の調子を崩していたらしく、食欲がなさそうだった。
また、ここであった登山客とは直後のシャモニーで再開した(世界は狭い!)。
黒部五郎小舎で食事をすませ、時間を計算すると18時前になんとか槍ヶ岳山荘に到着できそうということがわかり、皆に槍ヶ岳山荘18時を目指して先に行くことを告げ、一人出発した。

双六小屋への分岐はとてもわかりやすく、山と高原地図で最短の双六岳中道を通り双六小屋を目指した。
双六小屋の水場を過ぎてから思ったより距離があり、精神的に疲れた。
最後の小屋までの下りは小屋が見えていたことと、応援してくれる人が見ていることもあって頑張った。
小屋到着後、ここが有人チェックポイントと勘違いして小屋を一周し5分程度ロスした。
計画書を確認して記憶違いと分かり、小屋で飲み物とお菓子を購入した。
外のテーブルで食べながら休んでいると、一般の方が声をかけてくれた。とてもありがたい。
後続選手がすぐ来るので応援してあげて欲しいと伝え、出発した。

双六小屋からは雲が晴れてきて眺望を期待させる雰囲気があった。
小屋を出てすぐの樅沢岳への上りで雨宮選手ですかと声をかけられる。
話を伺うと、使っているザックメーカー(山と道)の社長だった。
TJARの応援のために来ていたらしい。
同メーカーのザックの選手が思いのほか多く、とても喜んでいた。

樅沢岳あたりからだんだんと雲が晴れて硫黄尾根や赤岳は見えてきた。
これは槍も見えるか、っと思ったが西鎌尾根に入るとガスの中に入ってしまった。

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西鎌尾根で一瞬の展望

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槍の山頂はやっぱりガスの中

ここでも数名の人とすれ違い応援していただいた。
千丈沢乗越をすぎ、何度も偽ピークに騙されながら17時40分ぐらいに槍ヶ岳山荘に到着する。
どうやらGPSが作動しておらず、スタッフの方々に出迎えできなかったことを謝られる。
こっちは応援してくれているだけで感謝の気持ちでいっぱいだ。

山荘ではカップラーメンとコーラを補給した。
ラーメンをすする時になぜかやたらとむせた(結局ここ以外では全然むせなかった)。
補給していると朽見選手が17時55分頃到着し、食料を調達するとほとんど休憩せずに出て行った。
自分もラーメンを食べ終え、上高地までの行程を確認し18時15分頃に出発した。

槍ヶ岳山荘出発時にはスタッフの方々が見送ってくれ、見えなくなるまでエールを送ってくれた。感謝。
槍ヶ岳山荘からの下りは、なぜか全然ペースが上がらなかった。
そのうちに雪渓に出る頃に日没し、雪渓では道が不明瞭でさらにペースが落ちる。
だらだらと下っているうちに槍沢キャンプ指定地に到着。
登山客の皆さんは尾根の強風を避けたのか足の踏み場もないようなものすごいテントの数で、ここで道に迷う。笑

槍沢キャンプ指定地からは小走りしながら槍沢ロッジを目指した。

わりとすぐに槍沢ロッジに到着し、これからは風もないし暑いだろうと思いカッパや上着を脱ぎ出発した。
しばらくすると朽見選手に追いついた。
朽見選手はここからは歩くという、自分はまだ元気だったので小走りで抜かしていった。
が、すぐに腹部違和感により走れなくなりペースダウン。
今考えると上着を脱がなきゃよかった。
トイレに行きたいが、横尾山荘までは歩いたら結構あり、戻るか行くかかなり悩んだが、結局行くことにした。
元々お腹が弱い自分にみんながくれたメッセージ入りの腹巻に回復祈るも通じず、徐々に波の間隔が狭くなってきて限界が近いことを知る。
しかし、後続の朽見選手に目撃される訳にもいかんと脇道を探しながら粘る。
この時は朽見選手にさっさと抜いて欲しかった。
朽見選手に追いつかれ、事情を話し武士の情けだ、先に行ってくれとエールを送った。
その後、なんとか事無きを得るが、その後体温低下・眠気・ハンガーノックなどの症状がでる。
しかし、上高地までなんとか粘ろうとトボトボと歩いて進んだ。
この時点で沢渡行きは諦めた。
徳沢で朽見選手のストックシェルターを見かけ寝るか悩むが、とにかく上高地を目指してさらに眠気と戦いながらトボトボとすすんだ。
ここはとても効率が悪く、寝てから行くべきだったと思う。

24時前になんとか上高地に到着。
スタッフの方々が待っていてくれたが、あまり元気がなかったかもしれない、申し訳ない。
スタッフの方に仮眠するなら上高地のバス停の軒下か小梨平かだと聞き、水場がある小梨平を選択し、足や靴下・靴・中敷を洗って、濡れた服・靴・靴下を近くの木に干した。
ここも効率が非常に悪く、1時間ぐらいかかったかもしれない。
眠気と空腹で行動の質が非常に悪かった。

ストックシェルターでシュラフカバーに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。
3日目は台風一過で晴れるだろう、ロードで暑かったらどうしようなんていらぬ心配をしながら就寝。
ストックシェルターはびしょびしょだったが、寒くなく快眠できた。

スライド3
この日の行程。スゴ乗越小屋から上高地まで