PTL4日目(8/27)

「Morgex」にて予定通り6時に目を覚ます。
ついで左右の隣に寝ていたサコさん、トニーを起こす。
2人ともぐっすり寝ていたようでなかなか起きなかった。
1時間以内に準備しなければ、関門アウトだ。
着替えなどは済ませてあるので、後はドロップバッグの整理だ。
shotzやカレーメシなどの食料の補給、電池交換と補充、足裏に保護クリーム「プロテクトJ1」を塗るなどやることは色々ある。
関門時間に余裕が全くないので、カレーメシは途中の小屋でお湯をもらえばいいとここでバーナーとガスを置いていくことにする。
また、ここでトニーに折れたポールの代わりにブラックダイヤモンドのウルトラディスタンスを借りる。

みんなで協力して6:40にはおおむね準備が整い、ドロップバッグを預け、軽く食事を取る。
これは関門間に合った、そしてこの関門を抜ければ完走はかなり近い(と思っていた)。
正直、準備ではぐずぐずしていがちだった2人もここぞというときはやってくれる。
さすがTJAR完走者だ。←みくびっていてすみません。
仲間の頼もしさとあいまってつい気が緩んで涙が出てしまった。
まだ半分しか来ていないというのに。

6時55分頃に出発宣言をする。
この時点で出発済みチームは我々を含めてたったの10チーム。
他のチームは到着していてもまだ仮眠していたり準備中で出発していない。
あれ???出発制限7時じゃなかったっけ?
このレースってそんなにゆるい感じなのかな?と疑問に思った(実は既に関門時間が延びていた)。
次の目的地は山小屋「Refuge Bonatti」、UTMBでもエイドになる小屋だ。
そこまでは22km、D+2700m。その前に11km、D+1960m、標高2929mの「Tête de Licony」を越えなければならない。
一度の登りとしては最大の登りで、「Tête de Licony」はD+2000mのバーティカルレースが開催される山でもある。

歩き出すとやはりみな元気で、食べてベッドで寝るということの疲労回復効果を実感する。
先は長いので着実に進む。
途中3チーム(2チームは女性を含む)に抜かれた。
この頃になると、前後するチームは固定されてきて顔なじみとなる。
1チームはOMMのウェアを着ていたので勝手にアドベンチャーレーサーということにして、以後そう呼んでいた。
樹林帯をすぎ、草付き斜面に入ると先行チームは斜面直登からの踏み跡程度の道に入っていった。
こちらもついていってしまうが、途中でサコさんのナビにより巻き気味につづら折れする正規ルートに復帰する。
正規ルートの方が時間はかかるかもしれないが道がよく、消耗は少なそうだ。(先行チームは最後難儀したようだ)
着実に進み巨大な雪庇防止柵のある「Tête de Licony」(リコニーの頭?)に4時間半ほどで到着する。
道が良い分、予想より順調に登れたと思う。
このレースは標高差、距離よりも道の良し悪しでかかる時間が決まるとつくづく思った。

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最後の登り

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登りきるとUTMBでおなじみのクールマイユールの街が見える。

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記念撮影

頂上小屋は避難小屋だったので何もない。
天気もよかったので外で小休止し、すぐに降りる。
次の山小屋「Refuge Bonatti」までは11kmで1000m降りて700m登ってまた600m降りなければならない。
下りではトニーの足の親指の爪が死んでいるらしく、つらそうだった。
急ぐ必要もないので着実に下る。

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絶景を下るトニー

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サコさんも軽快

だいぶ下ったところで下から余裕の笑みで急坂をダブルストックで駆け上がってくるおじいさんがいた。
聞くと御年71歳!
標高2000m近くをいいペースで駆け上がる71歳。
ヨーロッパにはとんでもない人がごろごろいる。
日本を批判するわけではないけれど、トレランや山に対する文化の違いと裾野の広さを実感した。
サコさんはこのお方とスイス人親子を見て、(この時点では)PTLはしばらく出たくないけれど、いつか親子で出たいと頻りに言っていた。

下りはUTMBテープのコース表示と交わり、また登り返す。
UTMBでここのコースを走った記憶がなく、コースが変更になったのか?と考えているとTDSのコースだった。
TDSは距離は110kmぐらいと短いながらUTMBより難しいといわれているレースで、納得のコースだった。
TDSルートも道は良い。
着実に順調に進む。
峠を越え、UTMBのコースに合流してしばらく進んだ14:30頃に「Refuge Bonatti」に到着した。

ここは非常に快適な山小屋というよりもホテルのような佇まいで、薄汚れた自分達が入るのは気が引けるが、そうも言ってられないので、入り食事を頼む。
食事も超豪華!
スープ、サラダ、パン、パスタ、ポテト、ハム、デザートつきのフルコースだ。
次の「Prayon」までは30km、D+2600m、D-3100m、4つの大きな登りと下りがあるこのレース最長の区間だ。
しっかり補給してしっかり準備しようと16時出発ときめ、入念に準備する。

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サコさんの両膝をカットテープ&ロールテープで補強

出発直前にアドベンチャーレーサーも到着。
「会えてうれしい」というと「あなた達は先に行くんでしょ?会いたくなかった」と笑って冗談で返された。
スタッフには次の「Prayon」までは早くても10時間かかると言われ、まあ予想通りだったが気を引き締める。

このレース最大級の山場に向かって出発。

出発直後は非常に牧歌的で道もあった。
テントを張ってゆっくりしたいような平原だった。

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牛の群れへ突入

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ちょっとビビるサコさん

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気持良い平原の道を行く

が1時間も行かないうちに踏み跡になる。

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草つき斜面の急登

そして急斜面を登りきると、踏み跡さえ見つからない草原とガレ場に着く。
ナビを頼りに斜面に近づくと、おおよそ崖のような斜面を登るルートを先行チームが登っていた。
近づくと浮石だらけでもちろん鎖もない。
これはルートじゃないな、とか、下降じゃなくてよかった、とか、今後来る夜間通過するチームは大変だなと思いながら登る。
幸い傾斜がそこまで急ではなかったのと、まだ明るかったので思ったよりすんなり1つ目の登りを越えることができた(それでも両手両足をつかっての登行だったが)。
もちろん落ちたらちょっとの怪我ではすまないルートだった。
(写真撮る余裕なし)

これは下りも難儀しそうだ、と思っていると予想通り道がない。
踏み跡も見つけられず、草つき斜面やガラ場、巨礫混じりの河原を歩く。
当然ペースが上がらない。

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悪魔のような岩(これを登ったわけではありません)

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踏み跡もない草原を下る。

このあたりはGPSのルートの間隔もまばらだと認識し、トラックログよりも現状を優先して歩こうと主張しそれなりにスムーズにいけたと思う。
(以後たびたび現状を優先しようとするamatchとナビゲーターのサコさんと意見が合わない場面があった)
踏み跡に合流してからは順調に進み、順調すぎて少しおりすぎるなどのミスもありつつ次の登りへ。
次は「Col du Ban Darray」峠だが、その前に「Aiguille des Angroniettes」(2,858m、グロニエットの針?)という山を越えなければならない。
それは遠くからすごい形の山があるなあと思っていた山で、まさかそこを登ることになるとは思っていなかった山だった。
途中で日没し、頂上付近は雲に覆われていたものの、ルート的には難しいところもなく、順調に登れた。
頂上は標識など見つけられず、あっさりと過ぎてしまっていた。
頂上からわずかにイタリア/スイスの国境稜線を下って「Col du Ban Darray」峠に21:15に到着。

いよいよ3国目のスイスに入る。
この「Col du Ban Darray」峠からの下りはしばらくはきちんとした道があったが、途中で牧草地に入るとまた不明瞭になっていった。

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牧草地を歩く

ここでも草地では現状を優先しなるべく多少トラックログを外れてもまっすぐ草地を突っ切ろうと主張するamatchとナビゲーターのサコさんとでは意見が合わないことがあった。
道のないルートで精神的にも疲れてきたところで、やっと明瞭な道につく。
道に出れば早い。
どんどん下って標高2,000m付近で橋を渡る。
この時点で24時近く、大きく休憩しカレーメシを食べた。
やや眠気もでていた。

ここからトラックログは何もない斜面を登るように指示している。
ほんとかよ。。。と思いながらGPSだけを頼りに進むと本当に踏み跡が出てきた。
しかし、べちゃべちゃにぬかるんだ踏み跡で、最後には滝を横切れというものだった。
この滝で渡る場所に難儀している先行チームに追いついた。
先行チームは微妙なトラバース斜面を渡っていったが、こちらは安全第一で下から回ることにした。
ここでまた少し離されたようだ。

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道を探すamatch

滝を越えるとようやくしっかりとした登山道らしき道に出る。
この時、amatchとトニーは眠気からふらつき始めており、立ち止まることも多く効率が悪化していた。
それでもしばらく登っていくと、避難小屋らしき小屋があり仮眠を提案しようかと思ったが、そのまま先行チームについていったほうがよさそうかなと思いパスしてしまった。(後で聞くとトニーを寝たかったらしい)
先行チームのライトの光はなんだかいろんな斜面をふらついているようで、迷っているように見えた。
ここでナビゲーターのサコさんからトラックログをわずかに外れていてどうしようかという相談があった。
ナビを見てみると確かにトラックログを外れていたが、トラックログ自体が登山道を外れていたので、直感的にログが間違っていて登山道を進めばいいのかなと思った。
しかし、立ち止まって確認したので一気に眠気が来て、よくわからない返答をしてしまった。
ろれつも回っていなかったように思う。
トニーもかなりの眠気のようだった。
申し訳ないことにサコさんに判断を委ねてしまい、サコさんはこれで発奮して走り回って先に進み、正しいルートを探してくれた。
本当にありがたい。

なんだかんだで眠気にたえながら3つ目の登り「Col du Névé de la Rousse」を1:40に通過する。
ここからの下りはちゃんと道があったように思うが眠気のあまり良く覚えていない。
とりあえず標高を下げて風が弱いよさげな場所があったら30分でいいから仮眠しようという話になったのはちゃんと覚えている。

だいぶ標高が下がったところでまた牧草地になり、何か小屋でもあったら軒先で仮眠しようと話したところですぐに小屋が出てきた。
中に明かりが見え、あーこれは人が住んでいるからダメだなーと思ったところで中から選手が出てきた。
どうやらみな中で休んでいるようだった。(5名ほどの選手が休んでいた)
我々もお邪魔していいか断り、中に入ってみるといわゆる避難小屋のような作りで風のしのげ快適だった。
軽く補給をして30分の仮眠を決める。

山と道MINIに付属のミニマリストパッドを敷き、SOLの繰り返し使えるエマージェンシーシートに包まる。
スマホのバッテリーが切れていたのでサコさんに目覚ましのお願いをした。
とても暖かくすぐに眠りについた。
たぶん3時頃だったと思う。

この日の行程 約43km、D+4800m、行動時間20時間
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